落語を聴いているとなんだか印象に残る文句がちょくちょく出てくる。
明けの鐘 ゴンと鳴る頃三日月型の 櫛が落ちてる四畳半
朝顔の 蕾のようなあの筆先で 書いた恋文今朝開く
雨戸叩いて もし酒屋さん 無理言わぬ酒 頂戴な
色っぽくて、きれいで、いじらしい。
酒は米の水 水戸様は丸に三つ 意見する奴は 向こう見ず
年 (ねん) が明けたらあなたのそばへ きっと行きます 断りに
江戸っ子は 皐月の鯉の吹き流し 口先ばかりでハラワタは無し
言葉が巧みで面白い。
都々逸 、端唄、俳句に川柳、〇〇節。どれがどれなのかはよくわからないけれど (どうやらここに書いたほどんどは都々逸にあたるらしい)、素敵な文句があるもんだと思っていた。 そんな素敵な文句をもっと知りたくて『はじめての江戸川柳』を読んでみた。
『はじめての江戸川柳 - 「なるほど」と「ニヤリ」を楽しむ』 小栗清吾 著
江戸時代に詠まれた川柳を楽しむためには、その背景を知る必要がある。
帯ときは 男を尻に しきはじめ
説明を読むまでさっぱりだった一句。 七五三のうち7歳女子の祝いを「帯とき」ということをそもそも知らなかった。 当時、帯ときでは女の子が豪華な衣装を着て、男の肩に乗せられてお宮参りをしたそうだ。 そうした背景がわかった途端、この句が輝いて見えた。
去るといふ 口もほれたと いつた口
別れ話だと言うことはわかる。 当時は嫁入りが普通だったことから、「去る」という言葉は妻の口から出ているように思えるがそれは誤り。 当時の「去る」は「妻を去る」のように使い、「夫が妻に離縁を告げる」という意味とのこと。 この用法を知っていれば、この句で「去る」と言ったのは夫であることがわかる。 背景がわかることで詠まれた情景を正しく理解することができる。
この本はこのように、まず作品を紹介し、楽しむためのポイントを説明するかたちで進んでいく。 言葉の用法はもちろん、当時の風習や常識・教養、江戸川柳特有の決まり事や技巧についてわかりやすく説明されている。
理解できたとき、情景が浮かんだとき、そうして心が動いたときになんだか得も言えぬ快感がある。
楽しむために、味わうために、知るべきことがたくさんある。 解説書を離れて句集をそのまま楽しむのはハードルが高そうだ。 それでももっと読んでみたい。そう思えるだけの「なるほど」と「ニヤリ」をくれた良書。
そもそも江戸川柳とは
ある人が五七五を詠む。それにつながるように次の人が七七を詠む。 また次の人がつながるように五七五を、という具合に歌をつなげていく「連歌」という文芸がある。 絶妙なつなげかたが求められるので難しい。 そこで、あらかじめお題を用意して、それにつながるうまい句を考えるという練習が行われた。 題とする句を「前句」、つなげる句を「付け句」、この練習自体を「前句付け」と呼ぶ。
この前句付け、やってみるとなかなか面白いということで大流行。 江戸時代にはうまさを競う賞レースが開催されるようになる。 この賞レースの名審査員に柄井八右衛門正通という人物がいて、この人の俳名が「川柳」。 川柳さんが選んだ付け句を川柳点と呼ぶようになり、次第に前句付けそのものを川柳と呼ぶようになった。
そもそも連歌の練習から始まった前句付けは、前句と付け句を一緒に鑑賞すべきものであるはずが、時を経るにつれて付け句自体の斬新さや奇抜さが鑑賞されるようになっていく。 この新しい観点から、入選作である川柳点をまとめなおしたのが句集『誹風柳多留』だ。 この句集は売れ行きが良かったらしく、川柳さんの死後も発行が続いた。
付け句に注目した句集が売れる。 さらに付け句自体の工夫が進む。 こうして発展・成立したのが江戸川柳だ。
次の一冊
本書の末尾「さらに楽しむための参考書」に紹介されている、『川柳集成』(岩波書店) が良さそうだ。 購入は難しそうだが図書館にはある。 借りてみよう。
あとがき
本書には約800句の川柳が載っている。 当時の常識や風習、ステレオタイプなど、描かれる情景は当たり前だけど古めかしい。 前時代的で現代の価値観と合わない作品もたくさんある。 けれどその裏にある、面白がる心理、美しがったり寂しがったりする心理には驚くほど共感できる。
味わえたからこその共感だと思う。 良い本だった。
最後に気に入った句をいくつか載せておく。
- 是小判たつた一晩居てくれろ
- 酔たあす女房のまねるはづかしさ
- こわい顔したとて高が女房なり
- うらゝかさしきりに銭がほしく成り
- 書置をめつかり安い所へおき
- にぎられた片手畳をむしつてる
- 屁をひつておかしくも無い一人者
- 壱人ものこめんどうなと弐舛炊き